胸声のトレーニング |
裏声による練習で、声帯伸展筋、閉鎖筋に加えて喉頭懸垂筋(引き上げ筋と引き下げ筋)のリハビリがある程度進むと、安全に胸声の練習に入ることができるでしょう。 |
胸声(いわゆる表の声)とは声帯の内筋(声唇)が積極的に加わる声質のことです。
声唇が緊張し声門へと迫り出てくると、声唇が共振して多くの倍音が生まれ、胸声と呼ばれる分厚い響きになるわけです。
声唇は、誰もが日常的に表声で使っていますので、他の筋肉よりは目覚めている筋肉なのですが、歌で胸声をしっかり出すにはかなり養われなければなりません。
胸声が歌唱の基礎的な声であることは古今東西同じです。
しかし、胸声を懸命に訓練して歌声を失った歌手が数知れず居ることも周知されるところです。
その原因は、声帯を伸ばす諸筋肉が十分目覚めていないまま胸声を訓練したことによります。
フースラーは、発声器官の伸展機構が正常に動くなら、胸声訓練による問題など起こり得ないと言明しています。 |
ファルセット、頭声によるリハビリでは、声帯の内筋(声唇)はほとんど働いていないか、働くとしてもほんの僅かしか働かない(声帯閉鎖の間接的補助や音高のコントロール)状態でした。
胸声の音域(低音域)でのフォルテは、声帯の内筋が非常に活発に緊張しないと出すことはできません。
声唇を構成する複雑で繊細な筋肉束については、すでにご紹介した通りですが、声唇の緊張は常に声帯を縮める(伸展とは逆の)方向に働きます。声帯を伸展させる力が声唇の強い収縮力に負けると、声帯靭帯が弛み振動の状態が悪くなってしまいます。いわゆる喉のつまった(喉が開いていない)声になってしまいます。
胸声には必ず声帯を伸展させる喉頭懸垂筋の強い筋力が伴わなければなりません。
喉頭懸垂筋が目覚めていない発声器官で、胸声の訓練をするのは危険なことです。
喉頭懸垂筋が弱いと、声帯内筋の緊張によって声帯靭帯が弛んでしまうので、振動が起き難くなります。
声帯靭帯が弛むのを解決するために、舌根や嚥下筋を使って喉頭を押し下げることで声帯を伸ばして歌うやり方が身についてしまうことがあります。
あるいは、声唇を更に緊張させて強引に声帯を閉じて振動を得ようとする癖がついてしまうこともあります。
あるいはまた、呼気をコントロールする喉頭引き下げ筋の代わりに、喉を硬直させるという歌い方に陥ることもあります。
このような発声をつづけていると、やがて発声器官は弾性を失って生き生きと歌えなくなってしまいます。
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胸声の上限
高音になるつれて交錯筋は声帯靭帯の振動部分の長さを短くして行くのですが、ある短さ以下になると、声が出難くなります。個人差はありますが、胸声の上限は、平均的に男女共ピアノの中央「ミ」(吟詠8本の主音の高さ)あたりになります。
胸声の上限は「ブレイク」「ブレイク・ポイント」「換声点」などといわれます。
換声点を越えた胸声は苦しげな狭い響きになってしまいます。
換声点を越える旋律を歌うには、胸声の上限より上の音域の歌声が必要になります。
換声点より上は、ファルセットにすれば楽に歌えますが、換声点から突然ファルセットに変わると、音楽表現的には歌声が分裂したように聴こえてしまいます。
胸声の上限で声が出難くなるのは物理的な原因です。
胸声のまま高音に昇ると、振動部分は厚いまま(質量が大きいまま)非常に短い状態になり、それゆえ振動の効率が落ちるのです。
したがって換声点より上では声唇の緊張を緩めて薄くしてやればよいのですが、単に緩めると声門が離れてやはり振動の効率は下がってしまうのです。
この課題を発声器官はどのように解決するのかについては後ほどご紹介することにします。
発声器官の衰弱している現代人でも、一般的にこの課題は無意識の内にこなしている人はたくさんいます。それは発声器官の原始の本能によることですが、ただ、発声器官の諸筋肉が弱い為、完全には出来ていません。
自分の胸声の上限の見つけ方
ファルセットで高いドあたりから音階を下降させます。
中央のミのあたりで、ファルセットがひっかかり気味に出難くなる高さに当たります。
その辺が換声点です。
一般的には換声点は女声より男声の方が明確に表れますが、換声点が分かり難い人もいます。 |
声帯内筋のリハビリ |
胸声を出す練習は、必ずあくびのフォームと喉頭懸垂筋を働かせる中で行ってください。
胸声においても、当てる練習で関係する筋肉を強化することができますが、どこかに当てることを胸声発声の方法として習慣付けないように注意してください。
いつも同じ個所に当てて歌う癖がつくと、副作用といえる声の症状が生じてきます。 |
声を鼻根部に当てる |
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自分の最低音域で行います。
最低音域は人によって少し異なりますので、各自で判断してください。
(低すぎると声になりません、音高を明確に出せる最低音域という意味です。)
吟詠では使わない低さでも練習するべきです。(ファルセットによる高音域練習にもいえることです。)
鼻根あるいは眉間あたりに当てます。
母音は「ア」が多く用いられます。(口を開け過ぎないように)
声帯内筋はこの練習によって十分リハビリすることができ、また鍛えることができます。
最低音域での胸声の練習は女性の方が苦労するでしょうが、しっかり養う必要があります。
胸声でこの当て方ばかりを行っていると、声唇の筋肉が発声の主導権を持ち過ぎるようになり、声帯を伸ばす筋肉が次第に除外されて、喉頭懸垂機構が崩壊して、喉が開かなくなります。胸っぽい声・金属的な声・鼻にかかった声になり、高音域へ移行し難くなってしまいます。 |
声を上顎部に当てる |
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これも低音域で行います。
この当て方によって、声唇の交錯筋が活性化され、声帯の閉鎖も完全になります。
声帯靭帯の縁だけが振動するので、声に重みと厚みが生じます。 |
声帯内筋のリハビリは、声帯内筋の緊張が少ない低音域と強さから始めなければなりません。
徐々に音高を上げる練習、声を強める練習に進むのですが、常に自分の喉頭懸垂筋とのバランスを確かめながら進めて行くことが大事です。
リハビリが進むと、少しづつ強い声で練習してください。
また、音域も上に広げていきます。
ただし、胸声によるリハビリの最高音は中央の「レ」までにしてください。
声帯内筋も喉頭懸垂筋も、生き生きと活力的に動く筋肉にリハビリし、鍛えることが大切です。
その為には、リハビリにおいても、淡々とリヒバリを繰り返すのではなく、発想力が大切になります。
それはたとえば、感情を歌声に乗せると本当に音質が変わるのか否かを自分で確認してみる・・・というような試みも一つの発想力です。
発声器官の生き生きした連携運動は、何かの方法でコントロールできるものではありません。
感情を歌声にしたいという気持ちが、発声器官の全神経を刺激して湧き起こるのが、原始からもっている本来の連携運動なのです。 |
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