歌声と語音と音楽
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発声器官のリハビリ 
虚脱したファルセット
声を当てる練習について
支えのあるファルセット
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頭声によるリハビリ
胸声のトレーニング
  胸声の上限
歌う呼吸について
  声種について
練習のまとめ
A 虚脱したファルセット練習
B 支えのあるファルセット練習
C 声の融合練習
支えのあるファルセットによるリハビリ
虚脱したファルセットができるようになると、次のステップに進みます。
声門閉鎖の筋肉のリハビリと、声門閉鎖の力に対抗できる声帯伸展筋のリハビリです。
輪状甲状筋と後筋で声帯を伸ばして発声する虚脱したファルセットは、下図のように声帯が離れた状態でした。
したがって、呼気が振動を起こす効率が悪く、息漏れの多い声でした。
音質はか細く、張もなく、とおりも悪い、漏れた汽笛のような声でした。
 
虚脱したファルセット時の声帯の状態 

次は、虚脱したファルセットに、声帯を閉じる筋と、声帯をもっとしっかり引き伸ばす筋を加える「支えのあるファルセット」の練習です。

(1)声帯が近付くほど振動の効率は上がり しっかりした声になる
(2)声帯が強く張られるほど振動は活発になり しっかりした声になる
声帯閉鎖の基本的な筋肉 
声帯を閉じようとすると、どうしても声帯の内筋(声唇)を使い勝ちになりますが、裏声の音域では声唇は参加し難いので、閉鎖筋のリハビリにも裏声で行います。
側筋
披裂軟骨には、後筋とは別に、側筋と呼ばれる筋肉が付いています。
側筋は、下図のような方向に収縮して披裂軟骨を内へ回転させ声帯を近づける役目をします。
ただし、側筋だけでは、まだ十分な閉鎖にはなりません。
横筋
側筋の働きに加えて、披裂軟骨同士を結んでいる横筋が収縮すると、声帯はほぼ閉じられます。
ただし、これでも声門の中央に若干の隙間が残ります。
 声帯閉鎖筋のリハビリ
あくびのフォームで息を吸いながら声帯を閉じます。声帯がぺたっと吸い付くように閉じられ吸気が遮断されるます。
声門付近が上に反り返っている為、吸気中の閉鎖は吸い付くような感じになります。


あくびのフォームで息を吸い込みながら裏声を出してみると、声門を閉じたファルセットの感覚がつかめるでしょう。
この状態のまま、呼気に切り替え声を出せばいいわけです。
声門閉鎖の感覚が分かると、虚脱したファセットの中で声門を閉じて行くことを練習します。
閉鎖筋が働き声門が狭くなるにつれて、漏れる息の量が減り、まるい声に変わっていきます
呼気中は、上に反り返った部分が呼気によって上に開こうとしますので、吸気中のようには吸い付きません。
なお声門の中心部から息が少し漏れ出ますが、この段階ではそれで十分です。
 
支えのあるファルセットの練習 喉頭懸垂筋のリハビリ
声帯閉鎖筋の緊張は声帯を縮めようとする力でもあります。
したがって、支えのあるファルセットには、輪状甲状筋と後筋に加えて、喉頭懸垂筋の力が必要になります。
支えのあるファルセットは喉頭懸垂筋のリハビリが目的です。
 
甲上-舌骨筋 甲状軟骨の前部と舌骨を結ぶ左右1対の筋肉
喉頭の前部を引き上げる
2 口蓋-喉頭筋 甲状軟骨後部と軟口蓋を結ぶ左右1対の筋肉
喉頭の後部を引き上げる
3 茎状-咽頭筋  甲状軟骨後壁と耳の後方の骨を結ぶ左右1対の筋肉
喉頭の後部を引き上げる
4a  輪状-甲状筋 甲状軟骨と輪状軟骨を骨を結ぶ左右1対の筋肉
甲状軟骨を前に傾け声帯を前に伸ばす
α 後筋 声帯を開き、声帯を後ろに伸ばす1対の筋肉
4b 胸骨-甲状筋 甲状軟骨の前部と胸骨最上部を結ぶ左右1対の筋肉
喉頭の前部を引き下げる
5 輪状-咽頭筋 輪状軟骨後部の両側から食道を囲んで背柱の前面に付いている
喉頭の後部を後ろ下へ引き下げる
輪状軟骨をしっかり固定できる
支えのあるファルセットに必要な協力筋は、胸骨-甲状筋(4b)及び甲上-舌骨筋(1)です。
胸骨-甲状筋は甲状軟骨と胸骨上部を結ぶ一対の筋肉で、喉頭の前部を引き下げる(輪状甲状筋に協力する)働きをします。
甲上-舌骨筋は甲状軟骨と舌骨を結ぶ一対の筋肉で、声帯閉鎖に協力する筋です。
ただ、この筋は喉頭を引き上げる筋ですから、その対抗協力者として胸骨-甲状筋を必要としますが、それは後のステップになります。
ステップ-1
声を前歯の先に当てる



声を前歯の先あたりに当てるつもりで発声すると、 声が少し明るく鋭くなるのが分かると思います。
歯先に当てることによって甲上-舌骨筋が働き、声門閉鎖筋を助けて声帯がより近づくからです。
つまり、この練習は甲上-舌骨筋のリハビリです。
歯先に当てると、必然的に喉頭は引き上げられ、喉仏は上がります。
それによって喉の上部の空間が狭くなるので、平たい声になります。



練習する音高は虚脱したファルセットと同じです。
虚脱したファルセットで発声します。
次に、声を上の門歯あるいは下の門歯の先に声を当てるつもりで発声しながら、声を強めます。
喉ではなく、歯の先で歌うような感じです。
鼻腔は自然に閉じられます。(声が鼻に抜けないように)


B−1 歯先に当てる練習

 

声を強める とは
声を大きくするという感じではなく、声帯を寄せて声の密度を上げることと理解してください。
声帯をきちんと閉じる程、響きは強まります。
声を強める際、喉頭を引き上げる筋と引き下げる筋が引っ張り合う力を強めていきます。
後筋の力も強まりますので、喉の後部が少し後ろへ広がる感じになります。
上顎の部分にも緊張が感じられるでしょう。
いわゆる「喉を開く」ということですが、「喉を開いて、声帯は閉じる」ことができればよいわけです。
響きを強めるにつれて吐く息の量は逆に少なくなる(声が勝手に響いているような感じ)のが分かると思います


歯先に当てるファルセットは、甲上-舌骨筋のリハビリが目的です。この当て方の練習だけをしていると、下顎が震えるなどの異常を起こす元になりまので気を付けてください。
 
歯先に当てる
 

歯先に当てた時に働く喉頭筋
ステップ-2
声を胸骨の最上部に当てる


胸骨の最上部に当てると、声に幅が出て、ふくらむのが分かると思います。
胸骨-甲状筋が働いて喉頭を下げるので声帯の上の空間が広がり共鳴が起こるからです。
喉仏が下がるのを確認してください。
この当て方は声帯が少し離れるので、歯先に当てた時のような鋭い声にはなりません


歯先に当てる練習の次は、喉頭が上がるのに対抗協力する引き下げ筋のリハビリに移ります。
喉頭を引き下げる筋は胸骨-甲状筋(4b)です。
声を胸骨の最上部(左右の鎖骨が合うあたり)に当てるつもりで発声します。
胸骨の最上部で歌うような感じです。


B−2 胸骨の最上部に当てる練習

 


 
胸骨の上部に当てる
 

胸骨上部に当てた時に働く喉頭筋

支えのあるファルセット ステップ-3
甲状舌骨筋と胸骨甲状筋を同時に使う練習



まず声を歯先に当て、そのまま胸骨上部まで広げていくつもりで発声します。
甲状舌骨筋と胸骨甲状筋とが引き合うと、後頭は中央に安定します。
声の平たさはなくなり、潤いのある、伸びやかなファルセットに変わります
胸骨-甲状筋は喉頭を引き下げるだけではなく、甲上-舌骨筋と連係することによって声帯の閉鎖力と張力を増す役目も持っています。

B−3 支えのあるファルセットを強める練習

 

   

支えのあるファルセットの喉頭筋の牽引

支えのあるファルセット ステップ-3 音域を上に広げる




支えのあるファルセットで発声できる音域は、上へはすぐに広がるでしょう。
ステップ-3で練習した強声で行います。
音階を上昇される際には、喉頭懸垂筋を強めます。
もっと高くまで歌える人は更に上へ広げてください。

B−4 支えのあるファルセットの音域を広げる練習





支えのあるファルセット ステップ-4 音域を下に広げる



支えのあるファルセットで、胸声の音域まで降下して歌う練習をしてください。
胸声音域に入ると、ファルセットが乱れますが、それは換声点のせいです。

換声点:後で詳しく述べますが、胸声には物理的に高さの上限があり、その上限を換声点といいます。
換声点は平均的に男女共中央ミあたりにあります。
声唇の薄く柔らかな人は換声点が分かり難いことがあります。


B−5 支えのあるファルセットで下降する練習
低音域になると、ファルセットが乱れたり、出難くなるでしょうが、この段階ではそれは気にしないでください。

 
 

支えのあるファルセットは、三方向の牽引に支えられる声で、張があり、ふくらみもある、通りの良い声になります。
呼気の空気はほとんど使わなくなることが分かるでしょう。
息の力ではなく、声帯が自然に振動するように感じるはずです。
強いひびきにも、弱いひびきにも、自在に変化できます。
支えのあるファルセットがかなり自由に出来るようになると、発声器官のもっとも重要な機能が半分は回復したといえます。