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手記

 
   家族とキツネの短い物語
  私たち家族が体験した嘘のような本当の話です。

それは震災より前、H4年10月のある夜のことでした。
驚いたことに、わが家にひょっこり狐が現れました。
小柄な痩せた狐でした。
一瞬逃げ去る様子を見せたものの、離れたところでじっとこちらを見ています。妻が食べ物を持ってきたので投げてやると、恐る恐るくわえるや、さっと姿を消しました。家から山まではかなりあるのですが、どこをどうやってこんな町中に出て来たのか不思議でした。


次の日の夕暮れ、もう山に帰ったろうと思っていると、また現れました。
次の日も、また次の日も、日が暮れると現れるのでした。
    毎晩、山から下りてくるのかとも思いましたが、その内、日に何度も姿を見せるようになりました。どうやら近くに隠れ家を見つけて、昼間はそこに潜んでいるようなのです。
  実に神出鬼没な奴でした。
夜、自販機でタバコを買って戻る途中、ふと気付くと、私の影の後ろを狐の小さな影がひょこひょこついて来ていたり・・・「狐にばかされる」という昔話も納得できました。 
    妻と娘(当時小学生でした)が「コン」と名前を付けました。名前を呼ぶと私たちの声を覚えたのでしょう、嬉しげに近寄ってきます。
   
家のネコも興味津々
やがて玄関脇の草の上を自分の居場所に決めて、夜間はそこで眠るようになりました。
    夜の外気は冷えましたが、家族で遊んでやるのが日課のようになりました。満足すると、私たちより先に走って帰り、自分の居場所で尻尾をマフラーのように巻いてさっさと寝てしまうのでした。
  狐は夜行性と思っていましたが、日中でも玄関付近で堂々と転がっているようになりました。もっとも、家族以外の声や足音がすると、すっと身を隠す野生の用心深さは失っていないようでした。

彼はボールが好きで、投げてやると大はしゃぎで追いかけ回します。狐独特のジャンプでボールを捕獲し、取ったボールを得意げに宙に飛ばしたり、夢中になって遊びました。
すっかり家族の一員のようでした。 
     
  近所の人が新聞社に話したため、記事になってしまいました。見物の人たちがやって来たり、子供たちがねぐらを突き止めようと探索したり・・・次第に彼の居場所がなくなってきました。
そんなことや、たぶん山や仲間のことも恋しくなったのでしょう、ある晩山へと帰って行きました。
短い付き合いでしたが、楽しい思い出を残してくれました。